バス旅番外編「約束」 パートタイムを抜け出して
「5月4日、駅前のステージでバンドやるから、観に来てや」
「いやいや、そういうとこ私、苦手よ」
「だったら、ちょっとだけ遠くからコソッと覗いてってや」
久しぶりにバッタリ、再会。
昔、仕事場でお世話になった先輩。
ずっとバンドをやっていて、駅前でGWイベントに出演するのだとか。
「本当に観に来て欲しい」のとは違って、
社交辞令のように声掛けてくれたんだろうけど。
「もしかしたら、本当に観に来て欲しいのかも知れない」。
そんな風に思ったら、
「別れた元彼を観る元彼女」のような気持ち、
「息子の晴れ舞台を観る母親」のような気持ち、
「両親の離婚で離れ離れに暮らす弟の晴れ舞台を観る姉」のような気持ちで足を運んだ。
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パートタイムで無理言って、
お昼休みを早くとらせてもらった。
けど、11時46分のバスは行ってしまっていた。
次は12時11分。
時間通りにしか来るはずもないバスをまだかまだか、と待つ自分がいた。
バスが来て、飛び乗る。
きっとイベントは賑わって、近づけばすぐに誰かの視線に触れてしまう状況なのは
予想出来た。
だから駅前の停留所で降り、陰からイベントを覗いた。
きっと気付かないだろうけど、遠くから小さく手を振って、満足。
帰りのバスに乗った。
大勢の観客から拍手を浴びて、独りで立派にやっているんだな、と感心した。
私の目には、群衆の中で誰よりも、ひと際輝いているように見えた。
「差し入れでもしようか」と思ったけど、
身分不相応、似合わないことはやめた。
声を掛けずに去る代わりに自分も頑張ろうと誓った
遠ざかる私の耳に彼の演奏が届いてきて、背中を押してくれてるようで心地よかった。
お昼休みはもう、とっくに過ぎている。
店に戻ったら、きっと店長に叱られるに違いない。
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