三鉄 一日フリー乗車券


母親の面倒に疲れた少女は
バスカードを手に家を出た。



今回の家出は前より本気だ。
三陸鉄道に乗り換え、行ける処まで行ってみよう。



待合室では石油ストーブが冷えた体を温めてくれた。


買ったのは、三陸沿岸を南へ終点までの間を自由に乗り降りできる一日フリー乗車券1500円。



売り言葉に買い言葉。
家を放ったらかしにして出てきたものの、
列車に乗り込む前に、一瞬の躊躇があった。


夕食さえ作らずに出て来てしまったことの不安、そして罪悪感。



それでも見慣れた景色に別れを告げるように
列車のドアが閉まると自然と気持ちは
16歳が年相応に抱く未来への希望というものに
切り替わっていく気がした。



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ということで、
夢見る時間は僅か47分で終点へ。


時刻はとっくに15時を回っていた。
あらかじめ「盛駅 食事」で検索していた、
お目当てのそば屋さんは準備中、ブラブラして遠く目に入った食事処も同じく、
準備中のオンパレードだった。



宛てなく歩いているうちに、駅前へ戻ってきた。
駅を出て、後ろを振返ることなく周辺を歩き始めたから気付かなかったけれど、
三鉄終点の盛駅はJR線へ乗り換えれば更に南へと進めるらしかった。



しかし、もう夕暮れ近くなり、「ここから更に遠くへ」
そんな気にはなれなかった。


駅の窓口で一日フリーの乗車券を見せ、「下り列車の停車駅で、降りたら、近くに食事が出来るお店がある駅はありませんか?」と聞いてみた。
すると事務室から女性駅員が出て来て、丁寧にパンフレットを開きながら、案内してくれた。


「だったら、三陸駅はどうかしら?」


16時49分発の下り列車を待つ間、
鉄道の上を横切る歩道橋に昇り、来た路線、
そして、いつか辿りたい路線の先に目をやった。



下り列車に乗り、6つ目の駅。


盛駅で女性駅員に案内された通りに、
「三陸駅を出てから、すぐを左に曲がって歩いた先にある商店街のような場所にあるラーメン店」を探した。


しかし、歩けど歩けど真っ暗。
「道を間違えたか?」と思うほど、何もない。


そして、400メートル程歩いた先で見えた
オレンジ色の室内の灯がこぼれる建物の上を見ると
そのラーメン店らしき名前の看板があった。



何だか、賑やかな声が聞こえてくる。
引き戸を開けると、
そこはラーメン店が夜時間になり居酒屋のような場所と化していて、
地元の漁師さんなどでほぼ満員御礼、
気後れし、「あぁ満員ですね」と自分から言って、すぐに戸を閉めた。


寒波の夜、海風が吹き付ける400メートルの道を歩いてきたというのに、
確かにひとつ空いていたその席に座る勇気はなかった。



仕方なく暖をとるために入った付近の小さなスーパーでは、さしてお目当てもないせいか、
なぜか「生わかめ」「シイタケの粉末だし」「おにぎり」を買うという奇妙な行動をとってしまった。


次の三陸駅発の列車到着までには、まだ1時間ほどある。
しかし、時間稼ぎが出来るほどの広さのないスーパーは
さっさと買い物を終え、出ていく他なかった。
「もしかしたら、自分は凍え死んでしまうのではないか」
そんな不安さえよぎるような寒さ。



私は乾燥機専門のプレハブが目に入り、そこで一時的な暖をとろうとしたけれど、
ドアには「監視カメラ」のシールが貼られていた。
そう、用もなく入っていたら、下着泥棒の変態不審者と疑われるところだった。



ただただ寒い思いをしただけの三陸駅での途中下車。




やがて雪がチラつき、それをホームの灯が際立たせていた。



再び、乗車した下り列車は運転士以外、車内には私しかおらず。



それでも静かな静かな三鉄旅は、楽しい楽しい休日旅でした。